| 8月9日・ヨーロッパといえば列車の旅 |
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ハンブルグに向けて出発。写真に写っているのはドイツのベルリンの駅です。ハンブルグという地は今年の2月に父がベルリンにやってきた時に友達になった、フレッドさんとモニカさんのいらっしゃる所で、父はベルリンからデンマークへの移動の際に是非、寄ってくださいとご招待をいただいたのでご厚意に甘える事になりました。 父も幾分リラックスしてきたようです。
ここでびっくりしたことは、日本やアメリカと違いドイツでは喫煙者がとても優遇されているということです(ちなみに私は父と違いヘヴィスモーカーです)。「喫煙所」ならぬ「禁煙所」があり、煙草を吸わない人はそこへ押し込められて、少し可哀想でした。 |
| 続8月9日・有り難うフレッドさん&モニカさん |
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ハンブルグの中心街から少し離れた所に二人はアパートを借りて生活していました。二人はとても親切で夜はモニカの手作りパスタディナーをご馳走になり、普通の旅行では味わう事の出来ない地元の人の生活を垣間見る事が出来ました。二人とも大のカントリーファンで特にフレッドさんは目が不自由ながらスチールギターとボーカルをアマチュアとして勉強していて、とても感銘をうけました。ディナーの後は三人のジャムセッションが始まりましたが、近所に音が漏れないように気を使うところが日本と似ているなぁ、と思いました。 |
| 8月10日・シルカボーグ到着 |
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朝早く父とハンブルグからデンマーク・シルカボーグへ向け出発。大体4時間の道のりを経て到着しました。シルカボーグでは今回のデンマーク・スカンジナビアンカントリーフェスティバルのエージェントを務めたトムさんが我々を迎えてくれました。この町はとてもきれいで料理が美味しく人々もとてもフレンドリー。あまり知られていない隠れた名所だと思いました、僕のお勧めの場所でもあります。それにドイツと違い人々が(十中八九)英語を話せますので、安心しました。
トムさんと父は早速、12日の為のステージチェックと段取りについての打ち合わせを始めました。トムさんは前回2月に父がドイツを訪れたときに偶然知り合い、音楽のことで意気投合して今回のフェスティバルに父が参加出来るように取り計らってくれた方でもあります。
ステージチェックの後はスカンジナビアンカントリーフェスティバルの創立者、ユタさんにご挨拶。彼女は16年前に一人でこのフェスティバルを企画・運営した大変エネルギッシュな方で、ステージでも司会役を務めていました。この16年間で参加者、入場者は共に増えていっているそうで、今では3日で1万人以上の人が訪れるということです。 |
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スカンジナビアンカントリーフェスティバルはまさにカントリーのイメージにぴったりの森の中でのイベントでした。左の写真をみて頂いて御分かりいただけるように、緑に囲まれて皆が和気あいあいとしていたのが印象的でした。参加者もお客さんも楽しそうにカントリー音楽の世界を楽しんでいました。
ここで驚いたのはドイツにしてもデンマークにしてもラインダンスが大変に盛んだということです。この写真に出ているのはかなり本格的なアマチュアのグループだそうです。それと、お客さんのカントリーファッションは本国アメリカのそれを遥かに上回っていて、西部劇の格好そのままです。
ちょっと度肝を抜かれた気分です。 |
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会場はご覧のようにとても広くて、デンマークはカントリー音楽ファンが実は沢山いるんだなぁと驚くものでした。
それに輪をかけて驚いたのが、父のように外国に生まれながらカントリー音楽に魅了された方々のパフォーマンスが多かったことでした。私の固定的観念かも知れませんが、10年くらい前まで共産国であったロシアにカントリー音楽のバンドがいて、しかも上手にパフォーマンスしているという事実に驚いてしまいました。 |
| 8月12日・本番 |
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左の写真は本番を前に今回のバックバンドを務めていただいたドイツのバンド「マイク・ストラウス&ピックアップ」と選曲などの詳細を楽屋で打ち合わせている父の様子です(マイクは写真左)。マイク・ストラウス&ピックアップは前回、父がドイツを訪れた時からお世話になっています。
父が選んだ最初の曲は勿論、「カウボーイ・フロム・ジャパン」でした。会場は大盛り上がりで始まり、中頃の「テネシー・ムーン」では、目に涙を浮かべて父の歌を聞いているお客さんがちらほらいました。
私は父の歌が国境を越えても人々に感動を与えているということが嬉しかったです。父のパフォーマンスのラストを飾ったのはゴスペルからの選曲で、会場の空気が一つになっていくのが分かりました。大喝采のうちにアンコールを交えて無事にデンマークでの公演を締めくくったのでした。
父のパフォーマンスが終わり、会場のブースにて販売されたCDは即完売となり、父の周りにはサインを求める人達でいっぱいになりました。5つのデンマークのラジオ局からインタビューを受けた他、地元の新聞にも記事としてとりあげられました。こうしてファンの輪は広がっていくものなんだなぁと思いました。 |
| 8月13日・ドイツアメリカフェスティバル |
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さて、再びベルリンに帰ってきました。ベルリンでは「ドイツ・アメリカフェスティバル」開催されていましたが、アメリカフェスティバルはそもそも会場近くにあった米軍基地と地元の人達との親睦を深めるのを目的として始まったものです。7月後半から約3週間と長く開催されるフェスティバルで、父は私と合流する前に、3回も既にステージパフォーマンスをしていたようです。
ここでは、ステージパフォーマンスとは別に、バックバンドのマイク・ストラウスと二人で「アメリカン・ウェスタン・サルーン」というライブハウスのブースでデュエットをして楽しんでいたようです。 |
| 8月18日・ストロバレン・フェスティバル |
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この日はかなりの悪天候にもかかわらず、大勢のお客さんが傘を持参して会場に訪れていました。
父のステージの最中も小雨が降っておりましたが誰一人として会場をさる人もいませんでした。
ここでも「マイク・ストラウス&ピックアップ」
がバックバンドとして父をサポートしていました。

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